冒頭の福島会長の挨拶では残り活動もあと僅か、5月11日の中勢グリーンパークの樹木メンテナンス作業は懸案事項であり、会長在任中に行えることは嬉しく、多くの会員の参加を依頼。
誕生日祝いの後、アワード特別委員会設置と6万円の予算の件、ゾーンの写真付き会員名簿を作成の件で2議案とも承認。報告は諮問委員会で西日本豪雨災害への支援金拠出による補充のため、各クラブ会員1人あたり千円の寄付を行うことが堀川幹事から報告された。YCE国際関係委員長L伊串からL片岡のお嬢様の実嶺様のアメリカウィスコンシン州への派遣とスロバキアからの来日生受入れが報告された。
続いて市民社会奉仕委員会委員長のL星山の司会で3名の新入会員のメンバースピーチがあった。共通するのは、立場はそれぞれ違うが前任者からの交代会員。
まず始めにL岡本和哉は(株)ガスリビング三重を前任者から引き継ぎ、ライオンズクラブは納涼例会から出席した。その後、植樹活動や献血運動を通じて社会に貢献できることに歓びを感じている。趣味は、以前はオートバイ、釣り、ゴルフとアウトドア派であったが脊柱管狭窄症で中断していて、最近は西国33カ所巡りになった。会社名はガスリビングとなっているがガスの供給販売は行っておらず、機器の販売やリフォームで最近注力しているのはエネファーム。LCの環境保全委員会に所属しており間接的に貢献していると笑顔で語られた。
二人目はL戎屋哲司で中部電力の津営業所。例会当日は結婚記念日でいつもはご夫人とディナーを楽しんでおられるが、「今日はL井ノ口に依頼して自宅に花を贈った」とのことで愛妻家ぶりを披露してスピーチが始まった。津LCの入会前のイメージは「固い雰囲気の社会奉仕集団」であったが、入会してみて「フレンドリーでチームワークの良い社会奉仕集団」に変わられたそうである。仕事は電力の安定供給が第一の使命であるというところから、電力の自由化の問題。中部電力の今後の方向性、津営業所の取り組みと多岐にわたって熱く語られた。
最後はL山田信之でお父様のご逝去に伴う引き継ぎで入会された。前の二人のメンバースピーチを受けて「ふとんの安定供給はニトリに任せて、ギフトに力を入れている」と笑いを取られた。創業者のお父様は昭和45年頃に岐阜から津に来たので社名を「大岐」としたが現在は「ダイギ」にしたことなどをお話しいただき、前のお二人の長かったスピーチの空気を読んで短く終えていただいた。
(L吉輪・記)
岐阜で地区年次大会
〜次年度は四日市北LC〜
5月19日(日):岐阜グランドホテル
津のリージョンプラザ早朝、岐阜グランドホテルに向けて28名でバスにて出発。現地で合流した3名のメンバー併せて総勢31名で地区年次大会に参加しました。会場は岐阜城を望む長良川のほとりにある「岐阜グランドホテル」。
午後の年次大会式典ではオープニング映像としてWe Are The WorldのPVが流れ(年配者は30数年前のライブ・エイドを、若い方はボヘミアン・ラプソディーを思い浮かべて、ちょっとウルウル?)。松波地区ガバナーが入場し、開会宣言並びに開会ゴングで式典が開催されました。物故ライオンとして津クラブからは故山田耕清ライオンが映像とともに紹介され、あらためて故人を偲ぶ機会にもなりました。
来賓紹介、地区名誉顧問、地区役員の紹介後、参加ライオンズクラブが紹介され、地区毎の紹介とともにローアがなされ、会場を大いに盛り上げました。 大会委員長挨拶、松波ガバナーからは、年次大会は各クラブの活動の総決算としての位置づけであるとのことや、会員増強とLCIFについての必要性と意義、またHZCを廃止しZCへの組織変更、本年度から取り組んでいるLCIFクラブシェアリングでは約US$16,600を獲得することができた事等、具体的活動内容を踏まえた報告がされ、次年度は能津ガバナーエレクトへ引き継ぎ、さらなる飛躍を期待するとの挨拶がされました。
来賓祝辞として岐阜市長と岐阜商工会議所会頭から歓迎の挨拶がありました。
今回の年次大会の記念事業として、まず三重県・岐阜県の高校生を対象に大学・短期大学に進学する際に必要な資金と在学中の支援も含まれた奨学金事業が実施され、岐阜県2名三重県3名の学生たちが対象となった。進学先としては三重大学や鈴鹿医療科学大学、皇学館大学等に現在は通っている生徒もおり、一度は経済的事情から進学をあきらめかけていたが、この奨学金を得られたことにより安心して学生生活が送れていることや、将来なりたい職種やどのような社会人なっていきたいとの抱負がスピーチの中で語られた。その他の記念事業として岐阜市役所新庁舎に対する記念植樹や岐阜県ジン・アイバンク協会、三重県角膜・腎臓バンク協会への寄付(各10万円)やLCIFキャンペーン100チャリティゴルフコンペ寄付金等が行われた。また各種アワードが発表され、各クラブ・個人の一年間の功績が称えられた。
最後に次期地区ガバナーの四日市北LCの能津ライオンが入場、紹介され、次年度へのさらなる飛躍を約束し、式典の終了となった。式典終了後は元高知県知事の橋本大二郎氏の記念公演が予定されていたが、津へ戻ってからの通常例会・懇親会もある為、途中退席しそのまま一同に津に向かった。
津に戻ってからは大門「はし家」で5月第2例会・懇親会が開催され、福島会長からは挨拶の中で無事年次大会終了への安堵と参加していただいた会員への感謝が述べられ、各種報告後、例会終了となった。
(小倉・記)
ひと足お先に津に帰り例会
行きはお酒も控えて
(左)L松波ガバナーの挨拶 (右)次年度へバトンタッチ
来年は四日市にお越しください
(左)L能津次期ガバナー (右)津に帰って「はし家」で例会と懇親会
L伊藤雅朗がライオンズの昔ばなし
〜6月第1(1419回)例会〜
6月14日(金):都シティ津
初夏を感じさせる爽やかな日々。6月第1例会が6月14日に開催されました。
福島会長は皆様に一年間のお礼をおっしゃられました。
体調が優れず悩んだそうで、無呼吸症候群と病名がわかり、治療をされているとのこと。病名がわかり良かったです。
西日本集中豪雨で250万の寄附をした緊急援助資金拠出の件など審議しました。
各報告では次期YCE委員長会議で、チェコのピーター君(17才)が来日するそうです。
今回のメンバースピーチは牛丼が大好きなL伊藤雅朗がお話してくれました。内容は次の通りです。
「1986年、髪の毛がまだフサフサだった45才の時に入会。当時のL村木会長によく飲みに連れて行ってもらったそうで、当時は70才になったら退会する風潮があったみたいですが、今ではL宮木三郎、L下岡の次の古株になってしまった。
一回り上のL宮木は御年90才。まだゴルフをされていて、素晴らしい!2001年に会長に就任。思い出は、奈良へ歌舞伎や郡山のル・ベンケイでのフレンチ。
四月に胃がんを摘出したこと。今ではカメラを二人の医師がチェックしているとのこと。自覚症状が出た時は遅いので、年に一回は胃カメラ検査をした方が良いと皆様にご忠告をされました。
お兄様が亡くなられて、初めてわかったことや、兄弟だからこそ感じる寂しさがあると家族思いの話も。最後に一番大切なのは奥様。自分が変わらないと奥様も変わらないとのこと」。
一番大事な言葉で締めくくってくれました。楽しくユーモアのあるお話ありがとうございました。牛丼美味しかったですね! (L中畑・記)
(左)L伊藤雅朗のユーモアあふれるお話 (右)会場変更でちょっとだけ豪華牛弁当
5月度はL神田、取り切りはL片岡が獲得
〜ゴルフ部会〜
5月19日(日):岐阜グランドホテル
5月度のゴルフ部例会は、5月18日にセブンスリーゴルフクラブで開催されました。
当日は朝から予想外の雨に見舞われましたが、キャンセルされる方もなく30名参加の大コンペとなりました。
後半は天気も回復してまいりましたが、強い風の中でのラウンドとなり皆さん苦戦のゴルフとなりました。
成績は、神田孝之Lが本年度2回目の優勝に輝き、準優勝は山路行雄Lが輝きました。
次回は、本年度の最終戦を伊勢中川カントリークラブで開催致します。取り切り戦を予定しておりますので多数の参加をお待ちしております。
(ゴルフ部幹事 筒井記)
2018〜2019津ライオンズクラブ6月度ゴルフ例会(取り切り戦)が6月15日に開催されました。開催前日の天気予報では、暴風雨になるということで開催が危ぶまれましたが、橋爪部会長の「雨にも負けず、風にも負けず‥」宮沢賢治の精神で無事開催されました。本年度最後のゴルフ例会に雨の中27名を頂きました。
最後の大会を締めくくりましたのは、L片岡が本領を発揮し、優勝を飾りました。
取り切り戦に於かれましては、L梅山が年間王者のトロフィーを手中に修めました。
懇親会に於きましては、骨折の為、ゴルフは不参加となったL神田をはじめ4名の方が集まってもらいました。本年最後にふさわしい盛り上がったゴルフ例会になりました。
(L倉田・記)